ちょっと前の話になりますが、今年のCESの話を。
今回もっとも興味深かったのは、ビル・ゲイツのラスト・キーノートでも、「ワーナーショック」でもありません。おそらく、日本のメディアは一つも採り上げていない、あるキーノートの内容でした。
そのキーノートの主は、ニコラス・ネグロポンテ氏。
「100ドルPC」と言われる、「One Laptop Per Child」(OLPC)計画の中心人物です。
Eee PCのヒットもあり、低価格PCが脚光を浴びていますが、OLPCとそれらの製品は、狙いが大きく違います。OLPCは、発展途上国の教育水準を上げるためのプロジェクトであり、低価格モバイルガジェットの開発計画ではありません。
(このあたりの詳細については、PCFan誌にて掲載中の連載・「デジモノ語り」の、3/1号[2/15発売]記事にてご説明させていただいています。ご興味があればご一読ください。)
ネグロポンテ氏は、コンピュータを子供たちに与えたい、と考える理由を、
「学ぶことを学ぶため」
と語りました。
その件に関する彼のスピーチが、私に大きな衝撃を与えたわけですが、ここではその中の一節をご紹介しましょう。
ーーーここから
円をコンパスで描く作業と、コンピュータでプログラミングして描く作業。
どちらが学習のためには有用だと思われますか?
答えは、「コンピュータで描く」方です。
コンピュータで描かせるには、「円を描く」という行為がどのようなものか、正確に理解している必要があります。道具の使い方を覚える以上の、論理的な理解が必要なわけです。
それに、もう一つ重要なのは、「最初は正常に動かないだろう」ということです。
きっと、円が半分しか描かれなかったり、途中で実行が止まってしまったりするでしょう。
正常に動くようにするには、プログラムを先頭からたどり、どこに間違いがあったのかを見つけ出す必要があります。この課程で子供たちは、「円を描く」ということが、本当はどういうことなのか、を理解することになるわけです。
それに、正しいスペルを学ぶにも有効です。タイプミスをしたら、動きませんからね。……スペリングは、私もいまだによく間違うんですが。(苦笑)
私たちは、子供たちにグーグル(の検索)を与えたいわけでも、MSオフィスを渡したいわけでもないんです。それらはビジネスなどでは有用ですが、決して教育用、というわけではない。
単に「ネット検索」を与えるのではなく、自分で「学ぶ」環境を用意してあげたいのです。
ーーーここまで
この一節に、私はうなってしまいました。コンピュータと教育に関する本質的な問題が含まれているからです。
ネグロポンテ氏の言う「プログラムで円を描く」というのは、おそらくLOGOのようなプログラミング言語を使うことを想定したもので、BASICのCIRCLE文で一発、という話ではありません。すなわち、「中心から一定距離を保った点の集合」という、円の本質的な定義を理解する、ということに通じています。プログラミングを通じて学ばせたいのは、コンピュータの使い方ではなく「論理的な思考」だからです。
少し前、私は某大手IT企業の採用担当の方を重点的に取材したことがあります。
そこで必ずキーワードとなったのが、「論理的な思考能力」の有無でした。
「大学でITを学んだ人でなくとも、論理的思考能力があれば、戦力としてさほど問題はありません。しかし、ITを学んだ人であっても、それが出来ているとは言い難い」
ある担当者はそう話します。
論理的思考能力を身につけることの難しさは、ちまたに「論理的思考能力」に関するノウハウ本があふれている点からもおわかりでしょう。
他方、教育の現場では現在、コンピュータの授業を行う際にも、専門的な授業でない限り、プログラミングに関する授業はほとんど行われていません。パソコンを利用する上で必須の技術ではないためです。
実際問題、プログラミングを教えたとしても、そこから「論理的思考能力」を学べるようなカリキュラムを作るのは簡単ではないでしょうし。
といったところで、我が身のことに思い至ります。
私は、ちょうど小学校・中学校時代に「マイコンブーム」をくぐり抜けた世代で、小学校時代からプログラミングをしていました。
といっても、まともなソフトを作るようになったのは高校になってからで、小学校の頃は、雑誌に載ったゲームのプログラムを、ゲームやりたさに片っ端から入力する、という感じでしたが。
当時は「西部労働レストラン(save、load、list、runしか使わない人)」などという蔑称があったわけですが、考えてみれば、これも論理的思考の育成には役だっていたのかも知れません。なにしろ一発で動くことなど皆無で、ゲームを楽しむ時間より、デバッグしている時間の方が遙かに長いという代物でしたから。ゲームを買ってもらうのも難しかったですから、プログラムを入力することは、論理的思考能力を身につけるための、実にいい「ニンジン」だったわけです。
私が小学校からパソコンを使っていたことを知っている人は、「IT系のライターになったのもその辺が関係を? やっぱり長く使っていると蓄積が……」といいます。
ですが、私はいつも「あんまり関係ないですよ」と答えてきました。なにしろ、当時のコンピュータと今のIT事情は、天と地ほど違うわけで、蓄積にもならないわけですから。
ですが、このようなエピソードをふまえて考えると、小さい頃に「マイコンブーム」があったことは、あながち意味のないことではなかったかも知れません。
ライターは、取材にも記事執筆にも「論理的思考能力」が必要とされます。仕事をする上でこのような思考法は非常に役に立っています。それを身につける上で、「ゲームやりたさ」がプラスになっていたとすれば、非常に面白いな、と感じます。
ここで時代を今に移します。
現在の小中学生は、おそらくほとんどの場合「プログラミング」などしないでしょう。
これだけ優秀なゲームがあふれていれば、子供が出来る程度のプログラミングでできるゲームは「ニンジン」にならないでしょうし。
彼らに、「論理的思考能力の成果のおもしろさ」を伝える、よい「ニンジン」があればいいのですけれど。もしかするとHTMLでのウェブ構築などが、プログラミングに代わる「論理的思考能力の育成」に役立っているのかも知れません。