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2008.03.31

リモコンとボタン数

デジタル家電、特にデジタルテレビとビデオレコーダーに寄せられる苦情の中でもメジャーなものの一つが、「ボタンの数が多すぎる」という点です。
ユーザー調査を兼ね、家族や知人などの中でもデジタルモノに強くない人をピックアップして話を聞くと、ほぼ100%、この不満を口にします。

ですが、私は取材の中で、複数のメーカーの家電開発者から、次のような、意外なコメントを耳にしています。
「デジタル家電のリモコンにボタンが増える」原因は、ユーザーからの「わかりにくい」というクレームにあった、と。
ボタンで操作というと、なんとなくマニアックな印象をうけますが、リモコンのボタンを減らすな、とクレームをつけた人の多くはマニアではなく、むしろライトな人々。年齢層も比較的高めで、40代以上であったといいます。理由は「メニュー構造だとわかりにくい」からです。

家電をデジタル化することと、リモコンのボタンが増えることは、本来ダイレクトにつながっていません。それどころか、むしろ逆に減らすことができます。各種機能をメニュー内に配置したり、「モード」によってボタンの機能を変化させたりすることで、機能とボタンを「1対1対応」させる必然性がなくなるからです。
番組選択はもちろん、早送りや巻き戻しといったことも、すべて「十字キー」と「決定キー」の組み合わせで操作可能となります。 すべてを十字キーで操作するわけにはいかなくとも、VHS時代よりもボタンをシンプル化できるのではないか、と彼らも期待したわけです。

ところが、反応は彼らの予想とは大きく異なっていました。
「メニューをたどるのはわかりにくい。機能はボタンに割り当てて欲しい」とのクレームが寄せられたのです。

十字キーでメニューを操作する、ということは、機能がどこにあり、どう操作すればいいかを理解する必要がある、ということです。その大半は単純なものではありますが、それを受け入れられない人も少なくありません。
おそらく、このblogを読んでいるレベルの方には信じられないことでしょうが、DVDを再生して映像でなくDVDメニューが表示されると、「どこを押せば再生できるかわからない」と思う人もいるのです。実は、私の父もそうなのですが。

そういった人々の場合、「メニュー」というもの、そのものが苦手であるようです。たとえリモコンにボタンが増えようと、番組表なら「番組表」、再生なら「再生」、放送切り替えなら「放送切り替え」と、名前のついたボタンを押す方が分かりやすかったのです。だから彼らは、「リモコンにボタンを増やせ」とクレームを入れたわけです。

しかし、ユーザーは「メニュー苦手派」だけではありません。ボタンが多いことに違和感を感じる人が多いのは、冒頭で述べたとおりです。
というわけでメーカー側は、多くの人が不要なボタンをフタやスライドで「隠す」ようにして、クレームを避けるようなデザインを目指したわけです。それが必ずしもうまくいっていないのは、みなさんもご存じの通りです。

と、そんな中で、読んだのが以下の2つの記事。
こどものもうそうblog ソニー銀行「人生通帳」、「ゲーム感覚」とはどういうことか

キャズムを超えろ! Wiiテレビの友チャンネルが家電業界に与えたメガ・ショックとは 

どちらも、「メニューによる操作」によるリモコンUIの改善について、非常に示唆に富んだ内容です。

ここで、私が体験した一つの例を示しましょう。
主人公は、私の父です。
すでに述べたように、彼は「メニュー」が苦手です。携帯やパソコンでメールは打てるのに、DVDのメニューやデジタル家電のメニューは「ピンとこない。よくわからない」と言います。どうやら、「ここを押せばこうなる」と決まっているUIはOKでも、ソフトによって「似ているが違うようなメニュー」が出てくるものはイヤだ、という発想であるようです。
そんな彼に、ある機器を見せた時のことです。
「面白い。わかる。これなら使いたい」
彼の口から出たのは、完全な「賛辞」の声でした。
彼に渡して使わせた機器とは、iPhoneです。
ご存じのように、iPhoneはほとんどボタンがなく、操作を究極まで「仮想化」した機器です。ですが彼は、普通の単純なメニューはダメなのに、iPhoneは理解できた。非常に奇妙なことに思えます。
これはあくまで私の予想ですが、なにも「ゆびをすべらせるとスクロール」とか、「広げると拡大」といったジェスチャーに起因するものではないんだろうな、と思います。おそらくは、一つ一つの動作がシンプルな上に、「操作と動作が1対1で対応」していて、「これをやるとどうなるか」が予想しやすいからではないでしょうか。このあたりは、「Wii Sports」が多くの人に受け入れられた理由の本質にも通じるのではないか、と考えています。
同じように「動作」で操作するゲームでも、「はじめてのWii」はさほど理解しやすかったわけではないようですし、iPhoneの操作のうち「再生中のアルバムの中からのぞみの1曲を呼び出す」という行為は、画面の長押し>曲リスト呼び出しという動作がピンとこなかったらしく、かなり戸惑っていました。
しかも、iPhoneやWii Sportsの操作感は、さわっていても「楽しい」。前出のblog記事にもありますが、「さわると楽しそうだ」ということは、操作に対する拒否感を減らす上で、非常に重要なこととなります。

以前、ソニーでXMBを開発チームに話を聞いた時、次のようなキーワードが出てきました。
「UIは、『釣り』と『漁』のバランス」と。
魚を捕るなら、釣りよりも網などを使った「漁」の方が効率的。でも、それだけでは楽しくない。「釣り」は漁と同じことを目的としていながらも、効率より「楽しさ」を重視したものといえます。となると、コンシューマ機器のUIは、効率と楽しさのバランスをとることが重要になるわけです。
(そういう風に考えると、現行のBDレコーダーで採用されている動作の遅いXMBは「釣り」不足で、魅力が足りませんね)

UI開発には、多くの人が想像する以上のコストがかかります。各社の製品を見る限り、まだ数社しか「UIに投資する価値」に気づいていないように見えるのは、少々寂しいことです。

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2008.03.17

「美学vs.実利」 追補版 その1

拙著美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史が発売されて、3週間ほどが経過しました。
現在のところ、おおむね好評なようで、ほっと胸をなで下ろしているところです。
(ご期待に添えなかった方々、申し訳ありません。中には反論したいと思うコメントもありますが、ライターは「世に出したもの」で語るのが本道。ご批判には今後の執筆物でお答えしたいと思います。)

さて、これから時々、「美学vs.実利」の追補コンテンツを公開していこうと思います。
あれだけの長さの書籍ですが、それでも構想段階で「ネタだし」したすべてのエピソードが詰め込まれているわけではありません。脇道と思えるエピソードや、技術的な説明が大量に必要な割に他のエピソードとのつながりが悪い話題、事実に近いと「想像」「分析」はできるが、確たる事実や明確なコメントが存在しない事象などは、全体を見た上でカットしています。
(といいますか、一般的な雑誌記事などの場合、「取材したネタの8割を捨てて熟成する」のがこの仕事です)

ですが、そのまま捨ててしまうには惜しい話があるのもまた事実。
そこで、削ったネタのいくつかを、ここで公開したと思います。既読の方には追補情報として、未読の方には「これよりもっと面白い情報があるよ」という広告として、ご参考にしていただければ、と思います。
(宣伝必死だな、って? そりゃあ必死ですよ。本人ですもの)

追補版その1として、PS2向けのネットワーク・サービスが企画されていた時期の話題をお伝えしましょう。6年近く前の話ですが、現在の「ネット配信とディスク流通」に関する命題を考える上で、非常に示唆に富んだ話題となっています。

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 PS BBに向けての準備は、実はPS2開発の初期段階から存在した。そのため、SCEが作ったPS2以降のハードウエアには、ある工夫がなされていた。それは、「DNAS」と呼ばれるものだ。

 販売されたすべてのPS2・PSP・PS3には、一台づつ、固有のID番号が割り振られている。また同様に、PS2・PSP・PS3向けのゲームディスクには、1枚づつ、やはり固有のIDが書き込まれている。これをマッチングする仕組みが「DNAS」である。

 ネットワークにおいては、つながれた機器やユーザーを認証することが大きなテーマとなる。パソコンなどではIDとパスワードを使って個人を識別するのが一般的だが、コンシューマ機器では、より厳格かつ簡単なものが必要とされる。

 そこで久夛良木たちが考えたのが、出荷するすべての機器とディスクにそれぞれ別々のIDを割り当て、ネットワーク上でそれぞれをひもづけることで認証に使う、というアイデアである。世に出たのはPS BBが発表されて後のことであるが、その特質上、PS2開発段階で仕込んでおかなければならないのはいうまでもない。

 DNASは、PS2・PSP・PS3向けのオンラインゲームにて、不正コピーされたディスクや不正改造されたハードウエアを排除するために現在も使われているが、その狙いはもうすこし広いものであった。

 PS BBはその計画の中で、ゲームのオンライン配信を狙っていた。だが他方で、ビジネスプラン構築の段階で、「オンライン配信の難しさ」も明らかになっていた。

 それは、高度なブロードバンドネットワークも、「混雑」にはきわめて弱い、ということである。

 PS BBが公開された2001年は、日本においてブロードバンドサービスが花開いた時期である。月額固定・最大速度数Mbpsという、2000年までとは速度で2桁上・料金でも半額という「破壊的」サービスではあったが、ことそれを支える「基幹回線」の整備は、それほど進んでいなかった。当時の基幹線は最速でも数Gbps。数千人が一度に制限速度いっぱいを使い切るようなデータのダウンロードを始めると、簡単にパンクしてしまう。

 また、PS.comのパンクが示したように、ちょっと利用者が集中すると、サーバーとルーターの処理能力は簡単に限界を超え、正常に処理が行えなくなる。このことは、ブロードバンド回線の設計が始まった当初から予想されていた。そのためNTTグループとソフトバンクは、それぞれネットワークを「地域単位」で整備、データを地域単位で共有し、ネットワーク全体での負荷上昇を抑える、といった仕組みを用意していた。

「回線の方はまだいいんです。通信会社が一生懸命投資したものの、まだアプリケーション(用途)がなくて余裕が大きい。しかし、サーバーの側はそうではないからね」

 久夛良木はそう話した。

 そこで彼らが考えていたのは、「ダウンロードに頼らず、データをディスクで配布する」という手段だ。

 一見矛盾するようだが、彼らが考えていたのはこういうことである。

 例えば、ゲーム雑誌などの付録として、「オンラインで配信する予定のゲーム」が数十本入ったディスクを配る。その中のゲームをプレイする場合には、PS BBに組み込まれたハードディスクへゲームをコピーした上で、PS2とディスクのID(すなわちDNASの仕組み)を使い、「オンライン認証と決済」を行ってプレイさせるわけである。

「現在の物流の力というのは、ものすごいものがある。大多数の人が欲しい、と思うものを同時に届けるなら、当面光ディスクを使うのが現実的ですよ。その上で、ネット認証と組み合わせれば、双方の良さを生かすことができる」

 ディスクをあくまで「配布メディア」ととらえ、プレイする段階では「ハードディスクでも光ディスクでもかまわない」とする発想は、iPod以降の音楽業界に似た形といえる。

「着うた」や「iTunes Store」などのオンライン配信が脚光を浴びる音楽業界だが、ビジネスの主体はいまだCDという物理メディアの販売である。だが現在、普段聞いているのがCDそのものである、という人は減っている。パソコンでデータ化し、iPodなどの「デジタル音楽プレイヤー」で聞く方が便利だからだ。これは、CDが「音楽を再生する媒体」から、「音楽データを消費者に届ける媒体」に変化した、ということでもある。

 CDにとって不幸であったのは、「違法コピーの手段」と「データ化する手段」が同じであった、ということだ。CDには違法コピーを防止する仕組みがなかった。何度かCDに違法コピー防止の仕組みを設け、データ化と共存することがトライされたが、ユーザーの利便性をそぐ形でしか実装できなかったことにより、結局消費者の支持を得ることができなかった。

 その反省からか、次世代光ディスクであるブルーレイ・ディスクでは、ポータブルデバイス向けの映像データを、元の映像とは別に収録して正当にコピーする「マネージドコピー」という仕組みが導入された。またアップルは、20世紀FOXと共同で、映画のDVD内にiPod向け映像を収録、ネット認証を経てコピーを許諾する「iTunes Digital Copy」をビジネス化している。

 PS BBとDNASで久夛良木達が狙っていたのは、これらのように、ゲームでも光ディスクを「再生媒体」から「供給するための中間媒体」にすることだったのだろう。

 久夛良木はネットの可能性に魅了されていたものの、過大評価はしていなかった。筆者の見るところ、ネットの「物流手段としての有用性」よりも、「時間・距離を超えて即応性のあるコミュニケーションが可能である」ことを重視していたようだ。

「光ファイバーのいいところはたくさんのデータを転送できることだけじゃない。上りと下りの速度が同じで、相互にリッチな情報がやりとりできることが重要です。100Mbps同士じゃないと成立しないようなサービスができれば」

 PS BBが発表された後、久夛良木は筆者にこのように説明した。ゲームは「リアルタイム性」を最大限に生かした娯楽である。ネットワークに関しても同じような理想を追求したい、と久夛良木は考えていたようだ。

 PS BBが発表される1年半前である2000年8月、SCEは、NTTドコモと提携、PS1向けの「携帯電話接続ケーブル」と「iモードブラウザ」、そしていくつかの対応ゲームを発表している。当時の携帯電話は、通信速度が9600bpsと遅く、ブロードバンドとは縁遠い印象がある。だが久夛良木達にとっては、これが「ブロードバンドにつながる布石」でもあった。

「iモードとつないだのは、これが即応性が高く『常時接続』に近いサービスだから。アナログモデムでは、『つなげば即ネット』という形が実現できない」

 当時久夛良木はそのように説明していた。またこの提携では、iモードを介してゲームのサービス料金を課金する、といった仕組みも検討されており、「敷居の低いネットワーク」としてiモードを活用しようとしていた節が見える。

 だが結論からいえば、これらの施策はほとんど実を結ばなかった。それにふさわしいビジネスモデルを構築し、具体的なサービスを打ち出すことができなかったからだ。SCEとしての本格的なサービスは、PS3と同時にスタートする「Playstation Network」(PSN)まで棚上げされることになる。その間にマイクロソフトは、ゲーム機向けネットワークサービスとしてはきわめて先進的な「Xbox Live」を構築、ユーザーの心をつかむことに成功する。

 構想の先進性とは裏腹にビジネスの開始が行えない、という「方針の不徹底」こそが、PS2時代から続くSCEの、最大の問題点といえるだろう。

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