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2008.02.14

「学ぶ事を学ぶ」−OLPCについて

ちょっと前の話になりますが、今年のCESの話を。

今回もっとも興味深かったのは、ビル・ゲイツのラスト・キーノートでも、「ワーナーショック」でもありません。おそらく、日本のメディアは一つも採り上げていない、あるキーノートの内容でした。

そのキーノートの主は、ニコラス・ネグロポンテ氏。

「100ドルPC」と言われる、「One Laptop Per Child」(OLPC)計画の中心人物です。

Eee PCのヒットもあり、低価格PCが脚光を浴びていますが、OLPCとそれらの製品は、狙いが大きく違います。OLPCは、発展途上国の教育水準を上げるためのプロジェクトであり、低価格モバイルガジェットの開発計画ではありません。

(このあたりの詳細については、PCFan誌にて掲載中の連載・「デジモノ語り」の、3/1号[2/15発売]記事にてご説明させていただいています。ご興味があればご一読ください。)

ネグロポンテ氏は、コンピュータを子供たちに与えたい、と考える理由を、 「学ぶことを学ぶため」 と語りました。

その件に関する彼のスピーチが、私に大きな衝撃を与えたわけですが、ここではその中の一節をご紹介しましょう。

ーーーここから

円をコンパスで描く作業と、コンピュータでプログラミングして描く作業。

どちらが学習のためには有用だと思われますか?

答えは、「コンピュータで描く」方です。

コンピュータで描かせるには、「円を描く」という行為がどのようなものか、正確に理解している必要があります。道具の使い方を覚える以上の、論理的な理解が必要なわけです。

それに、もう一つ重要なのは、「最初は正常に動かないだろう」ということです。

きっと、円が半分しか描かれなかったり、途中で実行が止まってしまったりするでしょう。 正常に動くようにするには、プログラムを先頭からたどり、どこに間違いがあったのかを見つけ出す必要があります。この課程で子供たちは、「円を描く」ということが、本当はどういうことなのか、を理解することになるわけです。

それに、正しいスペルを学ぶにも有効です。タイプミスをしたら、動きませんからね。……スペリングは、私もいまだによく間違うんですが。(苦笑)

私たちは、子供たちにグーグル(の検索)を与えたいわけでも、MSオフィスを渡したいわけでもないんです。それらはビジネスなどでは有用ですが、決して教育用、というわけではない。

単に「ネット検索」を与えるのではなく、自分で「学ぶ」環境を用意してあげたいのです。

ーーーここまで

この一節に、私はうなってしまいました。コンピュータと教育に関する本質的な問題が含まれているからです。

ネグロポンテ氏の言う「プログラムで円を描く」というのは、おそらくLOGOのようなプログラミング言語を使うことを想定したもので、BASICのCIRCLE文で一発、という話ではありません。すなわち、「中心から一定距離を保った点の集合」という、円の本質的な定義を理解する、ということに通じています。プログラミングを通じて学ばせたいのは、コンピュータの使い方ではなく「論理的な思考」だからです。

少し前、私は某大手IT企業の採用担当の方を重点的に取材したことがあります。

そこで必ずキーワードとなったのが、「論理的な思考能力」の有無でした。

「大学でITを学んだ人でなくとも、論理的思考能力があれば、戦力としてさほど問題はありません。しかし、ITを学んだ人であっても、それが出来ているとは言い難い」

ある担当者はそう話します。 論理的思考能力を身につけることの難しさは、ちまたに「論理的思考能力」に関するノウハウ本があふれている点からもおわかりでしょう。

他方、教育の現場では現在、コンピュータの授業を行う際にも、専門的な授業でない限り、プログラミングに関する授業はほとんど行われていません。パソコンを利用する上で必須の技術ではないためです。
実際問題、プログラミングを教えたとしても、そこから「論理的思考能力」を学べるようなカリキュラムを作るのは簡単ではないでしょうし。

といったところで、我が身のことに思い至ります。

私は、ちょうど小学校・中学校時代に「マイコンブーム」をくぐり抜けた世代で、小学校時代からプログラミングをしていました。

といっても、まともなソフトを作るようになったのは高校になってからで、小学校の頃は、雑誌に載ったゲームのプログラムを、ゲームやりたさに片っ端から入力する、という感じでしたが。

当時は「西部労働レストラン(save、load、list、runしか使わない人)」などという蔑称があったわけですが、考えてみれば、これも論理的思考の育成には役だっていたのかも知れません。なにしろ一発で動くことなど皆無で、ゲームを楽しむ時間より、デバッグしている時間の方が遙かに長いという代物でしたから。ゲームを買ってもらうのも難しかったですから、プログラムを入力することは、論理的思考能力を身につけるための、実にいい「ニンジン」だったわけです。

私が小学校からパソコンを使っていたことを知っている人は、「IT系のライターになったのもその辺が関係を? やっぱり長く使っていると蓄積が……」といいます。

ですが、私はいつも「あんまり関係ないですよ」と答えてきました。なにしろ、当時のコンピュータと今のIT事情は、天と地ほど違うわけで、蓄積にもならないわけですから。

ですが、このようなエピソードをふまえて考えると、小さい頃に「マイコンブーム」があったことは、あながち意味のないことではなかったかも知れません。

ライターは、取材にも記事執筆にも「論理的思考能力」が必要とされます。仕事をする上でこのような思考法は非常に役に立っています。それを身につける上で、「ゲームやりたさ」がプラスになっていたとすれば、非常に面白いな、と感じます。

ここで時代を今に移します。

現在の小中学生は、おそらくほとんどの場合「プログラミング」などしないでしょう。

これだけ優秀なゲームがあふれていれば、子供が出来る程度のプログラミングでできるゲームは「ニンジン」にならないでしょうし。

彼らに、「論理的思考能力の成果のおもしろさ」を伝える、よい「ニンジン」があればいいのですけれど。もしかするとHTMLでのウェブ構築などが、プログラミングに代わる「論理的思考能力の育成」に役立っているのかも知れません。

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コメント

コメントありがとうございます。

なるほど! いろいろと納得がいきました。
(LOGOの言語仕様を考えれば、そういう視点で考えるのが妥当ですね。このあたりは、私の理解と想像力が不足していたところです。)

「ニンジン問題」についても、非常に興味深く思います。確かに、自分の体験を思い返してみても、「きちんと動作したこと」への達成感が、もっとも大きかったような気がします。時間がたつと、イメージが固着化するものですね。
そう考えると、なにより「興味ある子供がプログラミングに接することができる環境」と、「学習を助ける環境」が必要、ということになりますね。

投稿者: 西田 宗千佳 (Feb 27, 2008 11:48:50 PM)

はじめまして。アラン・ケイさんのSqueak Etoysチームとして、少しOLPCのお手伝いをしているものです。
ネグロポンテさんの言ったことは、OLPCが考える教育の基盤になっているシーモア・パパートさんの構成主義に基づくものです。それがLOGOに由来しているというご理解で間違いありません。
ただ、ここでいうLOGOの円の描き方は、中心から一定の距離にある点の集合という定義によるものではなく、少し進んでから少し進むことを繰り返すという微積分的な考え方に基づくものです。
実際に自分で歩いたり、タートルに自分を投影して試すことを繰り返すことで、子ども自身が円を発見することを狙っています。もちろん、中にはコンパス的な方法を発見する子もいるかもしれません(LOGOではちょっと難しいのですが)。このように複数の視点があることも知るのも大切です。論理的思考力というよりは、数学的、科学的なリテラシの獲得を狙っていると言えるかもしれません。
Squeak Etoysはある意味でLOGOの後継ですが、円に限らず、様々な視点を何度でも簡単に試せるようになっています。
ニンジンの問題も確かにあるのですが、発見は大きな喜びにつながるので、それが継続するための原動力になります。自分で作ったゲームが思うように動けばなおさらです。意外にも今のゲームとの質的な違いはあまり気にならないようです。
たまたま今も韓国で中高生を対象とした3日間の合宿形式のSqueakゲームワークショップをやっているのですが、集中力がまったく途切れません。出来上がったものもなかなか面白いです。これは日本でも小学生でも変わりません。

投稿者: abee (Feb 27, 2008 7:25:58 PM)

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