HD DVD終息で思うこと
本日、拙著美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史が発売になりました。
本日は多忙で、書店などを確認してはいないのですが、おそらくもう並んでいるのではないか、と思います。
ご一読いただけるとありがたいです。(以上、宣伝モードでした)
さて、今週といえばやはり、東芝のHD DVD「終息」宣言でしょう。
先週末にNHKが報道したことから一気に浮上したように見えますが、実際にはそういうわけではありません。
私が知る限りでも、2月頭あたりには「それを思わせる動き」があった、というのが実情です。
撤退に際し感じるのは、「これで東芝のプレイヤー・レコーダー事業が終わってしまうのはあまりにもったいない」ということです。
これは多くの人に共通する印象でしょう。
あるBD陣営関係者から、次のような言葉を聞いたことがあります。
「そりゃあ、開発思想や技術のあり方では、同意できない部分は多々ありますよ。でも、彼らの気持ちは理解できます。強い思い入れがあって商品作りをしている、という意味では、我々と同じですからね。でも、違う人々もいる。映画や映像が好きでもないのに、勝手なことは言わないで欲しい、と思いますよ」
敵は敵を知る、ではありませんが、現場の人は敵であっても、「現場の思いや苦労」を理解できる、ということでしょう。
そして、「終戦後になにがくるか」は、AV Watchの連載で書かせていただいたわけですが、ちょっとだけここで補足をさせていただきたいと思います。
BDがDVDを超える成功を収められるか? それは正直わかりません。
しかし一つだけいえるのは、「画質的にDVDで十分」というのは、ちょっと早計だろうということです。
SACDがCDを超えられなかったのは、「普通の人が持っている環境では明確な差を打ち出せなかった」から。MP3やAACがCDを超えたのは、「似た音質で遙かに高いユーザービリティをもっていたから」です。(このあたりはみなさん同意されることでしょう)
しかし、DVDとBDの間には、SACDとCD以上の差があります。私はその差が、VHSとLD、LDとDVDより大きなものだと考えています。
アナログ放送が終焉に向かうにつれ、ハイビジョン・テレビ一般的なものになります。そうなれば、ハイビジョン映像の「本当の美しさ・見やすさ」が浸透し、「どうせ買うなら、借りるならBDを」という流れになるだろうと考えられるわけです。
ただし、これは「映像の主たる消費場所がリビングである」という前提に立った場合です。モバイルや自分の部屋での映像消費、すなわち「SD画質で良く、むしろ手軽なことが必要」である場合は、ネット配信やディスクからのマネージド・コピーがメインになるだろうと想定できます。
もし、モバイル系視聴が爆発的に普及するなら、短期的にでも「ディスクからネットへ」の流れが一般的になるでしょう・
とはいうものの、それはちょっと想定しづらいです。
「ながら」が基本である音楽に対し、映像はやはりある程度集中して観るものですから、やはり主たる消費場所はリビングであり続けるでしょう。
これは記事でも書きましたが、「ネット配信がディスクと対立する」と考えるのは違うのではないかな、と思うのです。
むしろ対立があるとすれば、DRMや課金方式にありそうです。
しかもそれは、ディスクメディア以上に機器や使用シーンを縛るでしょう。そうなってしまうと、ディスクの分裂どころではない「イライラ」をユーザーに強いる可能性が高いのが問題です。
アップルが「南風戦略」で勝ったことに学んでくれればいいのですけれど。
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