拙著美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史が発売されて、3週間ほどが経過しました。
現在のところ、おおむね好評なようで、ほっと胸をなで下ろしているところです。
(ご期待に添えなかった方々、申し訳ありません。中には反論したいと思うコメントもありますが、ライターは「世に出したもの」で語るのが本道。ご批判には今後の執筆物でお答えしたいと思います。)
さて、これから時々、「美学vs.実利」の追補コンテンツを公開していこうと思います。
あれだけの長さの書籍ですが、それでも構想段階で「ネタだし」したすべてのエピソードが詰め込まれているわけではありません。脇道と思えるエピソードや、技術的な説明が大量に必要な割に他のエピソードとのつながりが悪い話題、事実に近いと「想像」「分析」はできるが、確たる事実や明確なコメントが存在しない事象などは、全体を見た上でカットしています。
(といいますか、一般的な雑誌記事などの場合、「取材したネタの8割を捨てて熟成する」のがこの仕事です)
ですが、そのまま捨ててしまうには惜しい話があるのもまた事実。
そこで、削ったネタのいくつかを、ここで公開したと思います。既読の方には追補情報として、未読の方には「これよりもっと面白い情報があるよ」という広告として、ご参考にしていただければ、と思います。
(宣伝必死だな、って? そりゃあ必死ですよ。本人ですもの)
追補版その1として、PS2向けのネットワーク・サービスが企画されていた時期の話題をお伝えしましょう。6年近く前の話ですが、現在の「ネット配信とディスク流通」に関する命題を考える上で、非常に示唆に富んだ話題となっています。
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PS BBに向けての準備は、実はPS2開発の初期段階から存在した。そのため、SCEが作ったPS2以降のハードウエアには、ある工夫がなされていた。それは、「DNAS」と呼ばれるものだ。
販売されたすべてのPS2・PSP・PS3には、一台づつ、固有のID番号が割り振られている。また同様に、PS2・PSP・PS3向けのゲームディスクには、1枚づつ、やはり固有のIDが書き込まれている。これをマッチングする仕組みが「DNAS」である。
ネットワークにおいては、つながれた機器やユーザーを認証することが大きなテーマとなる。パソコンなどではIDとパスワードを使って個人を識別するのが一般的だが、コンシューマ機器では、より厳格かつ簡単なものが必要とされる。
そこで久夛良木たちが考えたのが、出荷するすべての機器とディスクにそれぞれ別々のIDを割り当て、ネットワーク上でそれぞれをひもづけることで認証に使う、というアイデアである。世に出たのはPS BBが発表されて後のことであるが、その特質上、PS2開発段階で仕込んでおかなければならないのはいうまでもない。
DNASは、PS2・PSP・PS3向けのオンラインゲームにて、不正コピーされたディスクや不正改造されたハードウエアを排除するために現在も使われているが、その狙いはもうすこし広いものであった。
PS BBはその計画の中で、ゲームのオンライン配信を狙っていた。だが他方で、ビジネスプラン構築の段階で、「オンライン配信の難しさ」も明らかになっていた。
それは、高度なブロードバンドネットワークも、「混雑」にはきわめて弱い、ということである。
PS BBが公開された2001年は、日本においてブロードバンドサービスが花開いた時期である。月額固定・最大速度数Mbpsという、2000年までとは速度で2桁上・料金でも半額という「破壊的」サービスではあったが、ことそれを支える「基幹回線」の整備は、それほど進んでいなかった。当時の基幹線は最速でも数Gbps。数千人が一度に制限速度いっぱいを使い切るようなデータのダウンロードを始めると、簡単にパンクしてしまう。
また、PS.comのパンクが示したように、ちょっと利用者が集中すると、サーバーとルーターの処理能力は簡単に限界を超え、正常に処理が行えなくなる。このことは、ブロードバンド回線の設計が始まった当初から予想されていた。そのためNTTグループとソフトバンクは、それぞれネットワークを「地域単位」で整備、データを地域単位で共有し、ネットワーク全体での負荷上昇を抑える、といった仕組みを用意していた。
「回線の方はまだいいんです。通信会社が一生懸命投資したものの、まだアプリケーション(用途)がなくて余裕が大きい。しかし、サーバーの側はそうではないからね」
久夛良木はそう話した。
そこで彼らが考えていたのは、「ダウンロードに頼らず、データをディスクで配布する」という手段だ。
一見矛盾するようだが、彼らが考えていたのはこういうことである。
例えば、ゲーム雑誌などの付録として、「オンラインで配信する予定のゲーム」が数十本入ったディスクを配る。その中のゲームをプレイする場合には、PS BBに組み込まれたハードディスクへゲームをコピーした上で、PS2とディスクのID(すなわちDNASの仕組み)を使い、「オンライン認証と決済」を行ってプレイさせるわけである。
「現在の物流の力というのは、ものすごいものがある。大多数の人が欲しい、と思うものを同時に届けるなら、当面光ディスクを使うのが現実的ですよ。その上で、ネット認証と組み合わせれば、双方の良さを生かすことができる」
ディスクをあくまで「配布メディア」ととらえ、プレイする段階では「ハードディスクでも光ディスクでもかまわない」とする発想は、iPod以降の音楽業界に似た形といえる。
「着うた」や「iTunes Store」などのオンライン配信が脚光を浴びる音楽業界だが、ビジネスの主体はいまだCDという物理メディアの販売である。だが現在、普段聞いているのがCDそのものである、という人は減っている。パソコンでデータ化し、iPodなどの「デジタル音楽プレイヤー」で聞く方が便利だからだ。これは、CDが「音楽を再生する媒体」から、「音楽データを消費者に届ける媒体」に変化した、ということでもある。
CDにとって不幸であったのは、「違法コピーの手段」と「データ化する手段」が同じであった、ということだ。CDには違法コピーを防止する仕組みがなかった。何度かCDに違法コピー防止の仕組みを設け、データ化と共存することがトライされたが、ユーザーの利便性をそぐ形でしか実装できなかったことにより、結局消費者の支持を得ることができなかった。
その反省からか、次世代光ディスクであるブルーレイ・ディスクでは、ポータブルデバイス向けの映像データを、元の映像とは別に収録して正当にコピーする「マネージドコピー」という仕組みが導入された。またアップルは、20世紀FOXと共同で、映画のDVD内にiPod向け映像を収録、ネット認証を経てコピーを許諾する「iTunes Digital Copy」をビジネス化している。
PS BBとDNASで久夛良木達が狙っていたのは、これらのように、ゲームでも光ディスクを「再生媒体」から「供給するための中間媒体」にすることだったのだろう。
久夛良木はネットの可能性に魅了されていたものの、過大評価はしていなかった。筆者の見るところ、ネットの「物流手段としての有用性」よりも、「時間・距離を超えて即応性のあるコミュニケーションが可能である」ことを重視していたようだ。
「光ファイバーのいいところはたくさんのデータを転送できることだけじゃない。上りと下りの速度が同じで、相互にリッチな情報がやりとりできることが重要です。100Mbps同士じゃないと成立しないようなサービスができれば」
PS BBが発表された後、久夛良木は筆者にこのように説明した。ゲームは「リアルタイム性」を最大限に生かした娯楽である。ネットワークに関しても同じような理想を追求したい、と久夛良木は考えていたようだ。
PS BBが発表される1年半前である2000年8月、SCEは、NTTドコモと提携、PS1向けの「携帯電話接続ケーブル」と「iモードブラウザ」、そしていくつかの対応ゲームを発表している。当時の携帯電話は、通信速度が9600bpsと遅く、ブロードバンドとは縁遠い印象がある。だが久夛良木達にとっては、これが「ブロードバンドにつながる布石」でもあった。
「iモードとつないだのは、これが即応性が高く『常時接続』に近いサービスだから。アナログモデムでは、『つなげば即ネット』という形が実現できない」
当時久夛良木はそのように説明していた。またこの提携では、iモードを介してゲームのサービス料金を課金する、といった仕組みも検討されており、「敷居の低いネットワーク」としてiモードを活用しようとしていた節が見える。
だが結論からいえば、これらの施策はほとんど実を結ばなかった。それにふさわしいビジネスモデルを構築し、具体的なサービスを打ち出すことができなかったからだ。SCEとしての本格的なサービスは、PS3と同時にスタートする「Playstation Network」(PSN)まで棚上げされることになる。その間にマイクロソフトは、ゲーム機向けネットワークサービスとしてはきわめて先進的な「Xbox Live」を構築、ユーザーの心をつかむことに成功する。
構想の先進性とは裏腹にビジネスの開始が行えない、という「方針の不徹底」こそが、PS2時代から続くSCEの、最大の問題点といえるだろう。
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